tweet集

代表吉村がtwitterでツイートしたものから「指導」「教育」「人生」等に関するもの紹介しています。※現在は更新休止中

 

何度も強調し伝えたはずのことを、しばらく時間が経ってから聞くと答えられない。「伝える」と「伝わる」のギャップを強烈に再認識。そのギャップを埋めるための最大限の努力を怠ることはできない。

 

生きていく上で「嫌だがやらねばならぬこと」は山ほどある。そんな中で、(小中高生のやる) 勉強ってやつほど努力が結果に結びつき易いものはない。

 

教える立場であるなら、生徒達の「口から出る言葉」と「心から出る言葉」の区別ができなければならないが、生徒の方は、本能的に講師のそれらを区別することができる。

 

学力不振の生徒に、責めるような口調で、「自分はやっぱりダメなんだ」と再認識させるような追い込み方をしてはいけない。出来る限り「自分にも可能性が十分あるんじゃないか?」と思わせたい。と、いつも思っているんだが、余裕の無い時はついつい責めるような口調になってしまう。猛省。

 

生徒の誰もが理屈通りに動くのなら、講師って仕事に価値は無い。理屈通りに動かない生徒を動かさねばならないからこその「仕事」。

 

特別な場合を除き、説明の時間は出来るだけ少なくしたい。演習を多くし、生徒の頭や手が能動的に動いてる時間を増やす。

 

私の場合、「写させる板書」はあまり書かない。要点を書き殴って、各々に必要な部分を後で自分でまとめさせる感じ。その書いている様子(内容)を見て、ぞれぞれの理解を確かめアドバイスする。

 

ジャンルに限らず、凄い結果を出してる人は、人一倍の努力家であることが多い。しかし、そういう人達は努力をしてるという自覚が無いケースが多い。「大変ですね」と言われて「そうでもないですよ」と言うのは、案外本当のところかもしれない。

 

中1、中2生が数学の応用問題で苦しんでいる。シンプルな計算より頭を使うのだから、苦労するのは当たり前。それをどうやって克服するのか?そこに成長がある。「逃げ」「言い訳」は成長を阻む。それでは何も変わらない。生徒に要求するハードルは下げられない。

 

どうすればやる気が出るか?答えは実に簡単。目の前のやるべきことに集中して、一生懸命やる!これが最も確実で手っ取り早い。「今を生きる」

 

人の持つ欲求の中でも、「自分に関心を持って欲しい」という欲求以上に強いものはそうない。従って、他人に誠実な関心を寄せることのできる人が成功しないはずがない。

 

スマホで自滅する生徒と、スマホに打ち克つ生徒との差は開く一方。気がつけば、追いつくことは絶対不可能な圧倒的な差に。

 

気持ちの変化無しに成績は上がらない。気持ちを変えるには、まずは行動を変えるしかない。この部分を疎かにしていると、「わかりやすい授業」も「勉強時間の増加」も成績アップにはつながらない。

 

前向きに、目の前のことに集中して全力を傾けていれば、必ず道は開ける。これは絶対の真理。

 

「原因を変えなきゃ結果は同じ」「普段から○○点に相応しい行動に変えないと、その点数は取れない」「次のテストに向けて今すぐ生まれ変わるべし」「真剣度レベルを上げなきゃ何も変わらない」今日は、中1生にそんな話しをしました。

 

これまで平均点レベルだった人が80点以上を目指すのなら、80点以上を取る人の意識・行動に変えていかなくてはならない。意識はすぐには難しいので、まずは行動から。意識は後からついてくる。

 

どんなに落ち込んでいる時でも、口角を上げれば一瞬で気持ちが変わる。全ては、良い表情・良い言葉で大きく変わる。

 

平均点しかとれない人は、普段から平均点しかとれない人の行動しかしていない。テスト前も同じだ。やはりそれ相応の意識で、それ相応の勉強しかできていない。それでダメでした、って当たり前!

 

今回の定期テストは中3クラス生の頑張りが目立つ。全員着実に実力がついてきた。特に、夏期講習から参加の生徒が最も点数を上げている。中1中2の理社は週一の勉強会(自学)で対応しているが、まだまだ点数が弱い。あれこれ再考して、強い手を打たねば。

 

アドラー博士は、世の中のあらゆる失敗は他人に関心を持てない人が引き起こすと述べたが、確かに「関心」ほど重要なものはない。「人」「人の話」「目の前のやるべき事」等に関心を持つことは成功への不可欠な要素。生徒の学習状況や進路などに関心の薄い塾が上手くいくはずがない。

 

日本の英語教育は「読み書き」に偏っていたという。そりゃ、まぁそうだ。しかし、その読み書きですら大して出来ない生徒の方が圧倒的に多いという事実。

 

「態度能力」を上げるべし。人の性格や習慣は簡単には変えられるものではない。しかし態度はスグにでも変えられる。どんなに不機嫌でも、口角を上げることくらい一秒もかからない。誰にでもスグできる良くなる魔法が態度を変えること。表情なんかも含めてね。周りからの対応も良いものに変わる。

 

講師自身が一生懸命でないと、生徒は絶対に一生懸命にならない。

 

意識の低い人は、まずは意識の高い人のマネから。

 

指示されたことを素直にやる勇気を持って欲しい。「受動」を「能動」に変えていくには、まずはそこから。能動的姿勢、能動的思考が全てを変える。

 

塾で快適に過ごし成績を伸ばすことは難しくない。まずは指示通り、きちんとやること。人間、やるべきことをしっかりやっている時が一番気持ちがいいものだ。不平不満というものは、やるべきことをやっていない時に出てくることが多い。

 

受動思考の勉強では、なかなか伸びない。生徒の受動思考をいかに能動思考に変えるか。日々最善のアプローチを模索中。

 

英語外部試験の導入でTOEFLを使うという浅はかな発想。間違いなく失敗する。TOEFLの内容もレベルも全く解っていない。4技能の試験があるからという単純な理由だろう。現状では、GTECかTEAPが最適だと考える。

 

指示したことを全員がきっちりやってくる。当たり前のことだろうが、こういう雰囲気を作り上げるには時間も根気も必要。ここをいい加減にすると、「成績が上がるのはごく一部の生徒だけ」という、凡庸な結果しか生まれない。

 

人は「理屈」ではなく「感情」で動く。理屈がいくら正しかろうが、それだけでは何も動かせない。

 

覚える努力をしようとしない人は、学力アップを最初っから放棄してるってこと。

 

娘は中1だが、学校で「遊ぶ」を「hang out」と習ったらしい。さすが、きちんと英語を教える学校だ。「play」なんてチビッ子用の「遊ぶ」だからね。

 

教師自身が本気で思っていないことは、いくら言ったところで生徒には伝わらない。

 

「ゆとり教育」が導入される頃、「おいおい、現状分析間違い過ぎだろ。塩入れるべき局面に砂糖を入れるんかよ!」と感じたものだが、案の定えらいことになった。

 

生徒がやるべきことをやってこないことに対する対応は、例えば一次関数を上手に教えることよりもずっと重要な気がする。

 

大学入試の英語に関して言えば、まずは単語に専念してゴリゴリ覚え込むのが良い。単語は文章の中で覚えるべき、と呑気なことを言ってる間に取り残される。

 

結局は、気迫と根性無いとダメだわ。

 

目標があるはずなのに真剣に出来ない人。目標がないのを勉強しない言い訳にする人。とりあえず、目の前のことを一生懸命やらないと!

 

定期テスト直前なので、自習をしている塾生もチラホラ。学校のワーク(社)をやっているようなので、マルをつけている問題(出来ているはずの問題)を答えさせてみると、答えられない。提出優先で、覚えることが疎かになっていては無意味。見せかけのマルならいらない。

 

塾はサービス業と言えども、そのサービスの中に「指導」というものが含まれている以上、一般的なサービス業における顧客対応の常識をそのまま適応してはならない。

 

中1の教科書に「How are you? I'm fine, thank you. And you?」等の使わない表現を載せるのはいい加減にやめたらどうだ?使える英語を目指すといいながら、実際の教科書にはそういう意気込みが全く感じられない。もう何十年も…

 

塾には何のために来ている?勉強から逃げようとする姿勢や言葉は絶対に許してはいけない。スイミングに行って、泳ぐことから逃げる人はいないはず。

 

真剣感がないとダメ。真剣感に乏しい生徒やクラスが伸びることはない。

 

勉強がわからなくなってきたから塾に来るというケースは多い。しかし、「塾」「勉強」というものの優先順位が低く、それを上げようとしない子の成績が伸びることはない。この「優先順位」というやつは非常に重要。

 

workは「ウォーク」じゃなくて「ワーク」、walkは「ワーク」じゃなくて「ウォーク」なんて言う説明は誤りです。実質は、workはむしろ「ウォーク(ゥウク)」に近く、walkは「ワーク」に近い。(アメリカ英語)

 

「勉強のやり方がわからない」と嘆いてる人は、やり方を欲しているようにみえて、実は拒絶しているのかもしれない。やり方を教えられてしまうと、勉強しない口実がなくなってしまうからね。

 

バッティングで大事なのは「ボールから目を離さないこと」だ。問題を解くときも、今取り組んでいる問題から目を離さないで、集中して取り組むことが大切。ボール(問題)から目(意識も含)を離している生徒は見逃し三振か空振り三振。最近、生徒には「ボールから目を離すな!」とよく言う。

 

塾を「勉強する所」と考えている生徒と「身に付ける所」と考えている生徒では気迫が全く違う。現状では、まだまだ前者が多い。「来ないといけないから来ている所」という状況では伸びない。

 

講師は、自分の「指導する力」を磨き、生徒の「指導される力」を磨いてやらなければいけないと感じる。

 

同じプリントを何回も反復することは大事だが、その結果、そのプリント「しか」できないようでは意味がない。

 

1159年平治の乱 語呂合わせで「いちいち号泣」と覚えさせる際、どうしても野々村議員の名前を出してしまう。→もちろん爆笑w

 

うちの塾が求める学習姿勢は単純明快。

「目の前のやるべきことを、正しいやり方で、前向きに一生懸命やる」 

これにどこまでもこだわります。

 

今日中3の授業で、例文にwierdという単語を使ったが、優秀な生徒でも意味を知らなかった…。ま、当たり前か。ネイティブなら幼児でも使う日常的な基本単語もたまには取り上げたい。

 

 

伸びない人がいつまでも伸びないのは、「自分流」を変えないからだ。素直に非を認め、正しいやり方に沿えば必ず伸びる。すごく簡単な法則だ。

 

将来の幸せのために今頑張るのではありません。今を幸せだと思えることで、将来への道が確実に開けていくのです。

 

塾の夏期講習チラシを大量に見かけるが、本当にどれも同じに見える。全く個性がない。無料になりますよ〜、こんなに成績アップしてますよ、一人ひとりに合わせますよ〜…  消費者が夏期講習について知りたいのは、そんなことではない。消費者目線とお得情報は全く違う。

 

人間、「不機嫌」を周りに撒き散らすべきではないと思います。自分だけでなく、周りの人を常に「不健康」に陥れようとしているのと同じ。病(やまい)の大好物は「不機嫌」「心配」「悩み」「マイナス言葉」。「心配事」を人に垂れ流して、自分はすっきりするかもしれないが、相手には迷惑。

 

授業中、講師の説明中に、常に生徒全員がしっかり講師の方を向いて聞いているかどうか。授業中、演習中含め、「手遊び」をしている生徒がいないかどうか。これ観るだけでも「授業レベル」がわかる。そういう観点でいくと、私もまだまだである。精進せねば!

 

未熟なうちはとにかく視野が狭い。ドライバーも初心者の時ほど視野が狭く、すぐ前しか見ていない。問題を解くときも、視野が狭い子はとにかくミスが多い。英語あたりでは特に顕著。悩み事が多い人も、結局は視野が狭いのだ。

 

夢や目標がないと一生懸命になれないと言う人もいるが、それは違う。目の前のことを一生懸命やればこそ夢や目標が見えてくる。無理矢理決めた夢や目標ならいらない。

 

「やり方がわからない」と言ってる子にやり方を教えても結局はやらない。「忙しくて勉強する時間がない」と言ってる子に時間を与えても同じくやらない。あれこれ理由をつけている時点で、「やる気がないです」と言ってるだけ。

 

個別授業で、本来の意味とは全く違う新反転授業をしてみました。生徒と先生役を入れ替えて、生徒役(私)が先生役(生徒)に無邪気にどんどん質問して、説明してもらうというスタイル。後から聞くと「めっちゃ疲れた」とか^^;人に教えるためには本当にしっかり理解していないといけないですしね。

 

中3生一般について。親は「夏で部活が終わればちゃんと勉強してくれるのかな」と淡い期待を寄せるものですが、その期待はたいていは見事に裏切られます。勉強の心構えが出来ていない人は、いくら時間があってもやはり勉強しません。ま、塾ではそんなことがないようにあの手この手を考えます。

 

結果を出せてない人が「自分のやり方」にこだわってどうするんだろね。その積み重ねが今の自分だろ?自分のダメなやり方、考え方を素直に認めて、良きアドバイスに従う。もしくは自分でもがいてみいだすか。素直じゃないとな~んにも伸びません。

 

何か指摘された時、スグに言い訳が口から出てしまう生徒は成長することはありませんよ。「でも・・」「いや・・」「ちがうんです・・」人の意見に対し、即座に突っ込み所を探す人も同じこと。人の成功を聞いて、とにかくアラを探そうとする人もね。素直に直す、素直に称賛、素直に学ぶ。是最強!

 

中1の明日のテストは国語。勉強道具として何を持ってきているかで、「意識の高さ」は判る。いや、普通は必要な材料を全て持ってくるものなので、判るのは「意識の低さ」か。範囲表に指定されている「~プリント」「漢字ネタ」を持ってきていない時点で…。

 

怠惰な生徒によくあるパターンだが、覚える時に、じっと見ているだけではいけない。画像として脳に焼き付けているのならともかく、大概はそうではない。「書く」という動作は、インプットと同時にアウトプットの練習もしていることになるが、「見る」はインプットのみ。

 

朝から「ありがたいね~」とか言いながら、外置き用の「夏期講習チラシ・要項等のセット」を用意し外に置いたら、なんと1分も経たないうちにひとつ売れました^^ (すぐに補充) 本当にありがたいです。起こる前から口にすると、本当にありがたいことが現実になります。言霊は存在しますね。

 

ここ数日、何かしっくりこない感があった。その理由が、今しがた判った。答えは風の中…ではなく、普段から自分で発している言葉の中にあった。灯台(燈台)下暗しってやつだな。

 

凄くベタな言葉ですが、「一生懸命」って大切ですよね。一生懸命にテスト勉強が出来ない一部の生徒を見ていると、つくづく感じます。そう言えば、娘がお世話になったミニバスチームのモットーも「一生懸命」でした☆ 

 

同じように黙って机に向かっていても、一生懸命やっている子とそうでない子はすぐ判る。そして、できなかった子は「がんばったんだけど…」とか平気で言う。「一生懸命やる」「がんばる」とは、どういうことなのか?しっかり教えることが絶対に必要。

 

生徒のつく嘘はすぐわかる。嘘オーラがよ~く見えるから。嘘でごまかす姿勢は徹底的に直す。「いい加減」がスルーできてしまう塾にしてしまったら全てが崩れる。

 

いくら正しいやり方で真面目にやっていても、結局は指導者に「魅力」がないと、生徒はなかなか集まらないような気がします。そういう意味では、自分はまだまだですが…。そして、「魅力」というものは、生き方から滲み出るもの。

 

夢を持つことが大事、なんて言われて無理矢理に夢を持つ必要なんてない。そんな夢は嘘っぱち。目の前のやるべきことを本気で一生懸命やり続けていたら、自然と夢は見えてくる。

 

斎藤一人氏の「指導される力」という言葉は噛みしめるべき名言だと思う。講師に「指導する力」が必要なのは当たり前だが、生徒には「指導される力」が必要。「前向き」「素直」「指示厳守」等、すべて指導される力そのものだ。

 

伸びるのには「素直」が重要だと言うと、「自分は素直じゃないから駄目だ」と勘違いする人がいる。素直か否かは、性格として確定しているものではない。あくまで自分が選ぶ態度・姿勢である。実は、素直にしようと思えば今すぐにでも出来るのだ。「素直」もまずは形から入ればいい。

 

個人塾の経営に油断や慢心は大敵だ。「蟻の穴から堤も崩れる」という言葉を常に噛みしめていたい。

 

結局、指導者自身が自己研鑽を怠り、普段から正しい心構えで生きていなければ、生徒にあれこれ言っても伝わらない。生徒に語る教訓は、指導者が必ず実践していなくてはいけない。

 

「気持ち」が「姿勢」に表れ、「姿勢」が「気持ち」を作る。両者の結び付きは絶対的だ。何かを身につけるために塾に来ているのに、「姿勢」が悪いままでいいはずがない。

 

勉強時間を増やしたり、受講科目を増やしたところで成績が上がるわけではない。「できる人」の行動と考え方をじっくり身に付けてさせていくしかない。これには講師の、気が遠くなるほどの粘り強い指導が不可欠。毎回毎回、魂をこめた「指導」の連続だ。だからこそ、伸びたときの嬉しさもひとしお。

 

良いアイディアは、前向きな気持ちの時や穏やかな気持ちの時にしか生まれない。不安や落胆、苦しみに捕らわれている時はまずダメだ。

 

連日保護者面談をしておりますが、お話を伺っていて、「これまでやって来た路線に間違いはない!」と確信できることが多いですね。ありがとうございますm(_ _)m

 

夏期講習のチラシを作成中。巷に溢れるチラシには「うちに来ればどんどん成績が上がりますよ~。保証しますよ~」「やる気出しますよ~」といとも簡単に書かれている。うちはそれに反して「成績なんて簡単には上がりません。やる気も簡単には出ません。・・・・・が絶対に必要です」といった路線で。

 

塾にとって、学習指導以上に学習姿勢の指導が重要なのは間違いないと思う。成績を上げるためのキモはむしろそっちだろう。

 

勉強会、定着タイムなど自学系の時間を時間割に組み入れていますが、基本監視は置きません。(現在はまだ一部の定着タイムに軽い監視あり) こういう時間帯こそ各々の学習姿勢を如実に表わします。つまり、生徒の勉強に対する「本音」を観察する時間でもあるわけです。(実は時々観察しています)

 

「素直な人」は吸収力が断然違う。当人が成長を実感するのも早く、それが更に成長を加速させる。「素直でない人」との差は開くばかり。そして「素直」はスキルであると思う。

 

世の中に偶然というものはなく、全て必然だと考えています。従って、この名も無き新しい塾を選んでくれたご家庭との「縁」を強く感じます。そういった背景もあり、どんなに手こずる生徒でも諦めることはありません。必ず出来るようになる、成長すると確信しています。傲慢かもしれませんが。

 

夏期講習は演習時間をたっぷり取って、呆れるくらいに反復していくスタイルかな。板書や解説を中心とした授業になると、結局何の力もつかない生徒が結構出てしまう。出来るだけ少ない解説で多めの演習→チェック。同時に「勉強が出来る人の姿勢」を固めていく。

 

出来るようにならない生徒の言動は概ね共通している。それがわかっていながら見て見ぬふりをすることはできない。

 

中学生に自己啓発を求めるのは酷。行動から変えて意識を高めていくしかない。一瞬のやる気では役に立たない。

 

時間さえあれば勉強できるのに、と言う人は間違いなく時間があってもやらない。本当にやる人間は、時間がなくてもやるからね。やり方さえわかれば… もう、いいかw 

 

自習中も授業中も学習姿勢(メンタル含)は同じ。基準は、試験中と全く同じ真剣さ。それより下では伸びません。

 

テスト前、テスト中ですら部停にならない部活。全国大会などで8月も思いっきり引っ張る。そんな部活に所属しながらも良い成績を残せる生徒はたくさんいる。ギリギリの状況でもなんとか工夫して時間を作り出し、集中して勉強する。全ては心構え次第。部活を勉強できない理由にするなど言語道断。

 

一部の優秀者を除くほとんどの生徒にとって、「マイペース」は学力を伸ばせない大きな要因になる。指導者の指示が聞けず、すぐに「自分流」に走る生徒で伸びた例しはない。そういう伸びないやり方が今の自分を作っているんだという認識が無い。

 

怠惰剥き出しの言動を塾内で発することは許されない。周りに対する影響について鈍感な生徒が最も伸びない生徒。

 

「塾は勉強だけ教えてくれたらいい」「成績だけ上げてくれたらそれでいい」という類の言葉を耳にすることがある。しかし、勉強に対する姿勢がダメなまま成績だけ上がるということはない。できるようになるには、それ相応の「型」を身に付けることから。

 

中2と中3は授業日以外にも毎週通塾日があります(勉強会)。この日は無言でゴリゴリ自学に励んでもらうわけですが、この時の真剣度が、ほぼ定期テストの点数に結びついています。

 

もういい加減 be going to = will という指導を廃止すべきでしょうね。全く別物でしょう。ちなみに、ネイティブが日常で最も使う「未来を表す表現」は、現在進行形でしょうね。

 

今時5文型なんて使っているのは、世界中で日本だけだと批判されがちですが、シンプルですし、中学生・高校生には向いていると思います。とりあえず中学生はSVOとSVCの理解を完璧にしてもらわないとね。他、Mもしっかりと。※全ての文が5つに分類できると教えている人がいますが、それは酷い。

 

普段からどのような姿勢で授業を受ければ良いか?または自習時の姿勢。生徒には「入試本番と同じが基準」と伝えた。「君は入試本番の時でも○○するの?」

 

どんな逆境も、それに見合うだけの利益の種子が必ず含まれている。

 

日本人は、ネイティブに教えてもらうというだけで英語が出来るようになると思ってしまう傾向にあるが、いくらネイティブでも、指導力なければ実力なんてつくはずもない。多少英語に慣れるだけ。

 

上達を目指し、指導を仰ぎにきているいうことを全く理解していない生徒もいます。意識が低いままで上達することがないのは、冷静に考えれば凄く当たり前のことですよ。とりあえず、指示されたことを守るところからです。全てはそこから!やる気スイッチはありません。「行動」→「やる気」の順番。

 

定期テストを終え、それぞれの課題がはっきりしました。これからは、鍛錬の場としての性質を更に強めていきたいと思います。そのような場に相応しくない行動や発言は慎んでください。(宿題忘れ等、意識の低さを如実に表す行為は問題外) 

 

塾には「できるようになるための訓練に来ている」という意識を持ってもらわないといかん。訓練、鍛錬の場。いい加減な気持ちのまま足を踏み入れる場ではない。

 

一生懸命勉強したつもりなのに定期テストの点数が悪かった人。答案用紙は実に正直にあなたを映し出しています。逃げずに、間違えた所と真剣に向き合ってください。とてつもない宝を発見して欲しい。さぁ、一人ひとり分析会をしますよ!

 

極めて個人的な考えだが、「講師(先生)が板書を板一面に綺麗にびっしり書く」→「生徒が几帳面にきっちり写す」というような時間がもったいなく思える。私の場合、テキストの説明部分をまず読み込ませ、ラインを引かせたり、補足で前にポイントや追加事項だけを書くイメージ。理解に神経を集中させる

 

「塾でやっていることが学校と違う」「学校とやり方が違う」「まだ学校で習っていない」というような言葉をクレーム気味に言う生徒で、出来るようになったケースを見たことがない。ま、前向きな気持ちからではなく、後ろ向きな気持ちが背景にある言葉は全てそうか…

 

百歩譲って「やる気スイッチ」が存在するとすれば、トイレの消臭・芳香スプレーの香りようなものか。シュッとスプレーした時は良い香りが広がるが、ほんの数分で元に戻る。「本物のやる気」は、正しく行動し、結果を出し続けることで養う。そしてそれは、一生消えない香りになる可能性を秘めている。

 

あくまで個人的な考えだが、メンタルな部分に手をつけずに成績を上げられるとは思えない。そして、それはそう簡単なことではない。指導者の信念と根気が絶対に必要だと思う。「やる気スイッチを押す?」 そんなものは無い!一時的に何かでやる気が起こったとしても、本物でなければすぐ戻る。

 

人生には必要なことしか起こらない。全ては成長の糧。落ち込んでいるのは無駄な時間。

 

結果が出せない人の言動は、普段からそれ相応である。例外はない。そして、常に言い訳で自分を正当化し、結局は何の進歩もない。塾生がそんな人になっていいわけはない。断固として変える!

  

学力を上げるために大切なことは、その重要度が高ければ高いほど、自然と人生全てに当てはまることばかりになる。

 

「前向き」「指示を守る」「反復」を阻害する最大の敵は「いい加減さ」ではないかと思います。結果が悪い場合、その原因はやはり「いい加減さ」にあるのではないでしょうか?どんな分野であれ、指導者の元で何かを学ぶ際に、この「いい加減さ」が最も成長を阻む魔物として立ちはだかります。

 

私は人と接するとき、その人の良いところだけに注目するよう心がけています。どんな嫌な相手でも良い部分を探します。しかし、対生徒の時だけは別です。良い所と同時に悪い部分も見逃さす、悪い所は徹底的に指摘し良い方に修正していきます。褒めるだけの指導などあり得ないと思います。

 

この塾では「勉強ごっこ」は認めません。本気で考え、本気で覚えないと時間の無駄です。何も成長しません。

 

生徒が指示をしっかりと聞いているかどうか。それを守れているのかどうか。ちゃんとした学習姿勢で取り組めているかどうか。こういう部分を鋭い目で観察し、適切な指導を行う。わかりやすい授業をすることよりも遙かに大切だと思う。

 

生徒のちょっとした怠け、良くない行動(学習姿勢)も見逃しませんが、逆にちょっとした成長や良い行動も見逃しません。

 

「指示を守る」ためには、まずは「人の話をしっかり聞く」が前提となる。指示が守れるようなった時点で、人として必要なものが複数身に付いていることになる。伸びないはずがない。

 

本当に生徒の学力アップや成長を願っているのならば、必要な時にしっかり叱るべき。カーネギーの名著『人を動かす』は私の愛読書のひとつで、その中で「人は叱っても変わらない」ということが説かれている。しかし、これは小中学生の指導にそのままあてはめてはいけない。そんな単純なことではない。

 

我々は生徒の「口から出る言葉」と「心から出る言葉」の区別ができるが、生徒の方も同様に、講師のそれらを区別することができる。

 

今日の授業。鉛筆の音が明らかに変わった瞬間に気づいたケースが2件(小5と中2)。そんな時は「いいね。音が良くなった」と本人に言う。そんな時は、たいがい正解率が高い。今日はそれ以外にも「ん!オーラが変わった。いいぞ!」と言わせた中3が一名。

 

授業中の演習時間は実に重要だね。生徒はありとあらゆる情報を撒き散らしてくれる。「指示通りやれているか」「ノートの取り方」「字に気持ちが入っているか」「鉛筆の音とリズム」「机上の配置」「姿勢」「視線の動き」「醸し出すオーラ」等々。

 

勉強出来なかった人が出来るようになるには「自分のやり方でやらない」ことが重要。「自分流」が最もダメな方法。

 

今日は宿題を忘れてきた生徒を家に帰らせました。塾に来るのが惰性のようになってしまったら、自分も終わってしまい、周りのやる気にも悪影響を及ぼします。しかし、大事なのは「これから」バスケ等でよく聞く言葉に「ミスしたら自分で取り返せ」というのがあるが、必ず取り返せる子だと信じています。

 

バスケもそうだが、勉強も強気でガンガン攻めなきゃ駄目だわ!性格とか関係ない。攻めるからこそ面白いんだろ。だから活路も見いだせる。パス回してるだけで点数がとれるかっ!!

 

生徒を本気を叱ることは当然ありますが、その「人格」ではなく、あくまで「行為」に対して怒鳴りつけます。(生徒にもそのことを伝えてます) だから、その後一瞬で生徒の姿勢が変われば、叱った直後にこちらも一瞬でごく普通の話し方・接し方に戻ります。まるで何ごともなかたことのように。

 

プロの講師なら生徒のオーラが見える。やってるフリはすぐバレる。ごまかしは通用しない。気持ちの入ってない言葉もすぐわかる。

 

授業中でもお構いなく、相当ダラけた姿勢の子は相手の気持ちや周りの人の気持ちを一切考えられない。人生における基本中の基本が欠如しているわけだ。放っておいてよいはずはない。

 

要は、簡単には休めない塾作りをしないとダメだってことですな。本気で成績を伸ばしたいのならばね。個別でも本質的には同じ事です。振り替え授業自由自在ですよ~♪で伸ばせるのなら結構なことですが、うちはできません。

 

体育祭で疲れているので休みます。←問題外。塾を休まねばならぬ程体育祭で疲れることはまずありませんw

 

とある一流バスケットボールプレーヤーが語った「上手くなるための三箇条」が、私が最近生徒達によく言う「前向き」「指示厳守」「反復」と実質同じだった。

 

生徒が変わる可能性は信じていますが、生徒の言葉を安易には信用しません。これは全く別のことです。口だけの言葉にはオーラが出ていません。

 

どんな子でも必ず変われると信じてやってます。今指示が守れないからといって愛想を尽かすことはありません。

 

「前向きに取り組む」「指示を守る」「徹底的に反復する」この3つを定着させなければイカン。

 

学力を伸ばさないための最も重要な方法→「指示通りにやらない」今まで成績が悪かった人が出来るようになるには「指導者の指示を守る」が大前提。それが無理なら学力向上を諦めるしかない。

 

勉強できない子ほど、その原因のほとんどが自分の学習姿勢にあるという当たり前のことを認識できていない。そして必ず何かに責任転嫁をする。そんな子を伸ばすためには、まずこの強固な扉をこじ開けねばならない。それ無しでは、いくら勉強時間を増やしても何も変わらない。

 

当たり前だけど、テキスト1回やっただけでは力はつかない。も~、しつこいくらいに反復反復して、やっとなんとかなる。

 

個人の怠惰やネガティブ発言は周りに悪影響を及ぼす。そのことに気づき、自分を引き締められるのがのが集団授業の良い所のひとつ。(指導者の力量にもよるが) 紆余曲折あるだろうが「本気で勉強する集団」を確実に作り上げていきたい。

 

勉強苦手?関係無い。今までの自分を捨てて、新しい自分を一からスタートさせるべし。まずは指導者の指示を素直に守る。殻を破るためには、まずそこから始めるのが定石。

 

問題が解けなかったことを悔やむ必要はない。反復してできるようになればよい。前向きにやっていれば、必ず自分のものになる。悔やむべきは、やるべき時にやらなかった時だ。手抜きの蓄積は、いずれ大きな壁となって自分の前に立ちはだかる。

 

かつては夜も寝られないほどに悩んだ様々な困難。時を経て振り返ってみると、そのほとんどが「言われてみれば確かにそんなこともあったなぁ」と言えるほどに存在感は消えている。「最終的には何も問題ではない」という名言(ナポレオン・ヒル)。悩んだ時に噛み締めたい言葉。

 

塾というところは「study」ではなく「learn」の場でなければならないと思う。いくらstudyしてもlearn(身につける)しなければ意味がない。指導者も常に「learn」を意識した指導が必要。ちなみに「learn」に「習う」という訳は不適切。

 

一つひとつの出来事は、その場では単なる「点」にしか見えない。しかし後々冷静に振り返ってみると、それらの点は全て繋がり、プラスの磁気を持つ見事な「線」を描いていることに気づく。なかには繋がるまでで数十年かかる「点」もある。一つひとつの「点」に思い悩み過ぎるのは愚。前向きに生きる。

 

自分自身を過小評価し、直面している状況を過大評価しているうちはうまくいかない。たいがいの困難(らしきもの)は大したことない。

 

バスケで伸びていく子の共通点、「(コーチの指示に対し)素直」「練習熱心」「前向き」「自分に厳しい」「目標が高い」「基礎を大事にする」「流されない」… これって全然バスケだけの話しではないか。当たり前過ぎることばかりだか、兼ね備えるのはなかなか難しい。

 

入塾(転塾含)後一回目の定期試験の点数が上がり易いのは当たり前。大きく上がることも珍しくない。しかし、塾も生徒保護者もそこで満足してはいけない。そこで安心し、少しでも手を緩めるとその後必ず伸び悩む。塾としての腕の見せ所が、最初の試験で点数を上げた「後」であることは明白。

 

中2時にやる気が出なかった子が、受験生である中3になったからといってやる気が出るわけではない。夏に部活が終了したら気持ちが勉強に向くわけでもない。本人任せだと結局はやらないまま。

 

好きなように振る舞えて楽しく通える塾もあれば、好きなように振る舞えないからこそ本当の勉強の楽しさがわかる塾もある。仮に前者の方が流行るとわかっていても、後者でありたい。

 

英語苦手だ~とか言ってやろうとしない人いるけど、大概は単語を覚えることすら全くしていない。何もしてないのに、どうして苦手だとわかるんでしょうね?例えば、勉強サボってテストで悪い点をとった。これだけで苦手って何?サボっただけやん。

 

生徒達(現在の勤務塾)に、指示を受けてから始めるまでの反応速度を上げるよう、話しました。反応速度を意識的に(かなり)上げ、習慣化するだけでかなり違います。もちろん皆が〜秒以内で動けるようになるまで、しつこく言う、またはそれ以外の工夫も必要。

 

「英単語は文の中で覚えましょう」「英単語を単語帳でゴリゴリ覚えるのは無意味」などという意見もあるが、これは物事をひとつの側面からしか観ていない意見。この地道な作業をやるかやらないか。これは英語力云々とは別次元の重要な意味がある。また、その達成効果もあらゆる相乗効果を持っている。

 

前向きな心構えでいると、不思議にいいコトが起こり易くなる。そして、一見マイナスに見えることも確実にプラスにつながる。これまでの人生で何回も味わっているので間違いない。

 

なんでもかんでも、やたらと「できない理由」を探そうとする人が圧倒的に多いですね。逆に「できる理由」を探すクセをつけてくと、人生は確実に好転し始めます。

 

結局、講師が「勉強させた気になっている」レベルでは、生徒は「勉強した気になっている」レベルで止まってしまうということだな。

 

「人の意見に対し、あら探しをしてケチをつける人(直接口に出すとは限らない)」と「人の意見の良い所を探そうとする人」で人生が大きく変わってくるのは明白。では前者に望み無し? いいえ。今から変えればいいだけです。人は、意識的に姿勢や行動を変えることで、簡単に人生を変えられる生き物。

 

子供の成績が悪い理由を「勉強のやり方がわからないため」にしてはいけない。仮にその子に「やり方」を教えても、成績が上がらないのが普通。「やり方がわからない」が「やらない」の理由になっていることが多いから。

 

バスケ界で最も有名な田伏選手。NBAの選手に憧れ、徹底的にそのプレーを研究し、とことんマネをした。そして、高い目標を持って努力を重ね、遂に日本一の選手になった。「できる人」の型を真似るのも大事なこと。「憧れ」「研究」「型」「熱意」「目標」「継続」「チャレンジ」

 

「うちの子はできないんです」って??今から「できる子」になればいいだけのことじゃないですか?そういう動作を意識的に始めていけば必ず変われます。「こうなりたい自分」を強くイメージし、その自分に相応しい動作を一つひとつ実行していくことです。そうすれば、間違いなくなれますよ。

 

苦手だと言っているだけで何かが変わりますか?やる気がないと言えばやらなくて済みますか?状況を変えるには行動するしかありません。まずは行動!気持ちは後からついてきます。

 

「自己流」や「マイペース」などという言葉。それらは「基本の型」がしっかりとできた上でのことだ。

 

生徒の質問に何でもすぐに答えるのは罪。質問の質を瞬時に判断し、適切な反応をしなければいけないと思います。基本は「その生徒の成長重視」。生徒にとって「便利屋さん」になってはいけません。

 

出そうなところばかりを研究して教える等、目先の点数のみにこだわるような「お得な塾」では、本当の意味での実力アップは難しいと思います。しかも、簡単には崩れない強固な実力ということであれば、尚更のこと。指導というものは、生徒の「今」だけでなく「未来」を見据えたものであるべきです。

 

集団授業における、生徒の悪い姿勢やマイナス発言。自分の言動が他の生徒に及ぼす影響について、しっかりと教えるべきだと思う。やる気の無い生徒にとって、居心地が悪い塾でないといけない。

 

成績を本気で上げるには「新しい自分」に生まれ変わることが必要です。気持ちと言動を「勉強ができる人」のそれに変えていかなくてはいけません。その肝の部分に手をつけずして、何かに頼るだけで成績を上げようと思ってもまず上がりません。そして気持ちを変えるには、まずは言葉や行動を変えること。

 

基礎工事(基礎学力という意味ではない)を徹底しないと、堅固な建物は建ちません。礼儀、姿勢、言葉… 全てを「できる人のそれら」に変えていきます。

パンフレット・要項を屋外に設置しております。ご自由にお取りください。

 

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